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Looking for valuable coins

インドコイン通史-3

2024年3月31日

今月もまたインドのコインについて語りたいと思います、先々月はクシャン朝、先月はグプタ朝と進めてきましたが、今月は中世ヒンドゥー諸国のコインを見ておきたいと思います。

グプタ朝のあと急速に衰退するインドコイン

「世界同時性」という言葉があるかどうか知りませんが、世界史を観ると全く関係のない地域や国で、ほぼ同時期に似た現象が起きることがあります。

不思議なことにコインの世界でも、この「世界同時性」が起きることがあります。

例えば古代ギリシャから帝政ローマ時代に、ヨーロッパ世界はコインの最盛期を迎えます、インドはやや時代が後にずれますが、前回や前々回お話ししたようにクシャン朝(AD 1-3世紀)やグプタ朝(AD4-6世紀)時代に、インドのコイン文化は最盛期を迎えます。

興味深いのは、この二つの地域で最盛期を迎えたあとです。

ヨーロッパではローマ帝国が西と東に分かれた4世紀以降、コイン文化は衰退し続けます。コインに描かれた肖像は貧弱になりますし、重量も小さく、かつ薄っぺらくなってゆきました、いつまでこのコイン貧弱時代が続いたかというと、なんと1500年代まで続きましたから、この間1000年以上です。

中世のヨーロッパではキリスト教会の影響が強くなり、神様と直接向き合った、人々の自然科学や経済発展への関心が薄れたのだと思います。ヨーロッパにみられる「1000年コイン衰退現象」はヨーロッパ経済の衰退と密接な関係がありますし、さらにいえばギリシャ・ローマ時代に最盛期を迎えたヨーロッパ文明の衰退とも無縁ではありません。

同じようなコイン衰退期がインドでも見られます。グプタ朝滅亡以降、インドコインは急速に衰退期に入り、イスラム教が入ってくる12世紀あたりまで、インドのコインは永い眠りについてしまいます。この間、金貨だけでなく銀貨、銅貨ですらほとんど残っていないことから考えて、おそらくコインを媒体としたモノとモノの交換経済、いいかえれば貨幣経済そのものが衰退していたのではないかと思います、その点でさきほどのヨーロッパと同じ状況です。

この世界同時性には理由があると思います。

以前クシャン朝のところで、ローマで発行されたアウレウス(金貨です)が、東西貿易によって大量にインドに持ち込まれ、クシャン朝でディナール(これも金貨で、アウレウスとほぼ同じサイズです)に打ち直されたというお話をしましたが、コインにおける世界同時性は、このように貿易を通じてコインが行きかい、双方の経済を刺激しあうことによって起きていると思います。

そのような観点でみれば、ヨーロッパの6-15世紀とインドの6-11世紀が、コイン不毛の時代だったのもうなずけます。

ちょっと前置きが長くなりましたが、上記のような理由で6-11世紀あたりのインドは、見るべきコインはなく、したがって収集や投資の対象になりません。やっと投資の対象としてみるべきコインが出てくるのは12世紀に入ってからです。

ではこの時代のコインいついて具体的に見てゆきましょう。

決して数が多きわけではありませんが、小粒のかわいらしい金貨が中心になります。この時代は経済活動がまだ活発ではなく、また金の産出量や輸入量も少なかったからでしょう、金貨は3-4グラム程度の小粒なものが大半です。でもイスラムが入ってくる以前のコインですから、図柄はヒンドゥー教やインド古来のデザインが多く、なかなかかわいらしいです。きっと今のインドの人たちにとっても、親しみやすいのではないでしょうか。

ガンガ朝の象さん金貨

(西)ガンガ朝は5世紀ごろから15世紀ごろまで、インド南西にあったヒンドゥー教の国です。資料が少なくわかっていないことが多いのですが、ガンガ朝は下の象さんが描かれたかわいらしい金貨(パゴダと呼ばれます)を発行しています。

(インド、ガンガ朝時代のパゴダ、西暦1100年から1300年前後/「ときいろ」より)

オモテは盛装したゾウが、ウラには花をモチーフにした渦巻き模様が刻印されています。ゾウさんがデザインされていることから「ガジャパディ・パゴダ(ゾウさんのパゴダ=象王印)」と呼ばれ、大変人気のあるコインです。このコインは年に1-2枚、国内のオークションに出てきますが、鑑定されMS評価の個体は滅多に出てきません、現在の相場はMS63クラスで45万円前後ですが、このコインはインドの人たちにとってドストライクの銘柄だと思います、この時代のインドコインのなかでは比較的多く残ってはいますが、過去の経験では人気がある銘柄は一瞬で吸収され、市場から姿を消してしまいます。この銘柄もその素質十分だと思います。

カダンバ朝のライオン金貨

このコインは10世紀から13世紀あたりに、インド南部のゴア中心とする地域にあったカバンダ朝で発行された小型の金貨パゴダです。カバンダ朝はヒンドゥー教の国でしたが、イスラムが持ち込んだ貨幣経済の影響を受け始めていたのかもしれません。発行されたのはジャヤケーシー3世(在位12世紀末-13世紀初頭?)の時代で、オモテには躍動感のある、可愛らしいライオンの姿が描かれています。一方でウラは王の業績をたたえた5行の文字が、ナーガリー文字で描かれているそうです。

(カダンバ朝のライオン・パゴダ/「ときいろ」より)

このコインも上の象さんパゴダと同じく3-4グラムほどしかありませんが、かわいらしいライオンが精緻に描かれており収集欲をそそります、残存数は象さんパゴダより随分と少ないようで、海外のオークションでもめったにお目にかかれません、多くの読者は「なぜウンドにライオンがいるの?」と不思議に思うかもしれませんが、かつてライオンは中東からインドあたりまでいたそうです、中東のライオンはすでに絶滅していますが、インドでは早くから保護の意識があったようで、一時の絶滅危惧状態からから2015年時点では500頭以上に増えているそうです。イギリス東インド時代のモハール(1835年から1841年)にもライオンが描かれていますが、それらも「インドライオン」をモチーフにしていると思います。ライオン・パゴダはめったに市場に出てくるコインではありませんが、現在の相場はVF-EFクラスで1500ドルほど、税込み日本円で25万円ほどになります。この銘柄も先高観が強いと思います、なにしろ絶滅危惧種のインドライオンです。

ヴィジャヤナガル王国のパゴダ金貨

紹介する最後のコインは、ヴィジャヤナガル王国で発行されたパゴダです。

南インドで1336年に建国したヴィジャヤナガル王国は、建国当初からこのような小型でずんぐりした独自の金貨を発行しはじめました。同時代の大半の金貨はオモテ面にヒンドゥー教の男女神(または男神)、ウラ面は王様の名前がナーガリー文字もしくはカンナダ文字で書かれています。なお通貨の単位パゴダは寺院(パゴダ)に由来するといわれています。

(ヴィジャヤナガルのパゴダ、16世紀/「ときいろ」より)

12世紀以降、インド北部から断続的にイスラム勢力が侵入し、北インドを中心に、インドはイスラム化してゆきます、インド旧来のヒンドゥー教勢力は次第にインド南部に移動し、そのうち最も大きな国の一つがヴィジャヤナガル王国です、同国はイスラムの圧迫を受け17世紀に滅んでしまいますが、パゴダと呼ばれるこの金貨は、ムガールによるイスラム支配時代を生き延びて、18世紀までインド南部を中心に発行され続けました、よほどインドの人たちに好まれるデザインだったのでしょう。

(ウィキペディアよりコピペ)

(16世紀、全盛期のヴィジャヤナガル王国の版図、こい茶色部分です)

この銘柄は上記のように長期にわたって発行され続けてきたため、さきほどの象さんやライオンに比べると比較的よく出てきますし、状態もMS65程度の良いものが残っています。インド経済の成長に伴ってこの銘柄も値を上げてはいますが、現在の相場はMS63クラスで20万円ほどにすぎません、この銘柄も今後値を上げてゆくと思います。

以上今回は、インドのコインが長い衰退期を経て、再び独自の進展を見せ始めた頃の銘柄を紹介しました、次回はムガール帝国時代に発行された、金貨と銀貨を紹介したいと思います、ほんの10年ほど前まで見向きもされなかったインドのコインたちですが、インド経済の成長に伴ってにわかに注目を集めつつあります。趣味の対象として、投資の対象として面白いと思いますよ。

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