コイン投資の意義と相場動向Why invest in coins
1. クラシック・コインとは
皆さんは金貨という言葉を聞かれて、何をイメージされるでしょうか。おそらくカナダのメイプルリーフ金貨や、オーストリアのウィーンフィル金貨ではないでしょうか。これらの金貨は確かに素晴らしいデザインで重厚感もありますが、一般にクラシック・コインではなく地金型(ぢがねがた)金貨と呼ばれます。素材は確かにほぼ純金ではありますが、このように現在も大量に作られ続けるコインに希少価値はありません。地金商の店頭などで売買されるこれらのコインの価値は、地金価格に売買の手数料を加味した価格になります。言い換えればこれらのコインに希少価値はなく、売る方も買う方も、貴金属そのものとして見て投資しているといってよいでしょう。
これに対してクラシック・コインはどうでしょうか。クラシック・コインの明確な定義はありませんが、私は「第二次世界大戦までに鋳造されたコイン」を、クラッシック・コインと呼ぶようにしています。このようなコインは本当にピンキリで、世界にたった一枚しか残っておらず、それこそ一枚数億円も出さないと投資できないコインもあれば、ありふれたコインで一枚数百円から数千円で購入できるコインもあります。素材も様々で、一般的には金や銀、銅や亜鉛、あるいはそれらの合金でできています。
少し余談になりますが、皆さんは金貨と銀貨のどちらがお好きでしょうか?一般には資産価値の点で金貨から購入される方が多いようですが、必ずしも金貨が銀貨より高額なわけではありません。クラシック・コインの場合、その価値は金属としての価値ではなく希少性で決まる傾向にあります。例えば一枚1000万円といった高額なコインの場合でも、そのコインに占める金属そのものの価値はせいぜい十数万円ほどにすぎません。したがって高額なコインになるほど、投資資金に占める地金価格の割合は小さくなるというわけです。コイン投資を始めたばかりのころは、このような事情がイマイチわからず、多くの方は金貨から購入されるようですが、収集歴が長くなってきますと、徐々に銀貨の投資へと進まれる傾向があるように思います。以上のようにクラシック・コインと一口にいっても、価格や素材などさまざまな違いがあるわけです。
これに加え、例えば発行された国、時代、図柄、状態・・・さらに言えば錆の付き方や輝き具合など、さまざまな個性を一枚一枚のコインが持っています。よく不動産は一つとして同じものはないといわれますが、クラシック・コインも全く同じです。すべての収集家が、それぞれの好みや相場観でコインを探し、それに見合った購入価格を提示する・・・それがコイン投資の世界だといってよいでしょう。
2. コインの魅力
皆さんはコインの世界でもガラパゴス現象があったのはご存知でしょうか。
不思議なことにガラパゴス現象はわが国で起きやすいようです・・・日本では昔から古銭収集という分野があり、江戸時代以前の古銭~銭形平次で有名な寛永通宝などというヤツです~を深く掘り下げる収集家が大勢いたものです。この古銭収集の分野は専門家にはたまらないそうですが、どうも私たち一般のコレクターやコイン投資家からみれば理解できないところがあります。例えば文字の字体やトメやハネなど細部へのこだわりが強く、マニアックな要素が多いように思います。歴史的に見て我が国の古銭には、人物の肖像や動物、街並みなどが描かれたことはなく、必然的に収集家の興味はこのような狭い部分に入り込んでいったのではないでしょうか。今では往年の古銭収集家も高齢化が進み、我が国の古銭収集はますます先細りの傾向にあるようです。
これに対しクラシック・コインへの投資は世界に広がりを持っています。
例えばイギリスのエリザベス1世(在位1558年-1603年)が描かれたクラウンから1900年代のジョージ6世まで、300年以上にわたり発行され続けたクラウン銀貨を並べてみますと、イギリス王室の系譜を、歴代の王様の肖像とともに一覧することができます、すべてお集めになると素晴らしいコレクションになるでしょうし、もちろん投資としても有望です。
イギリス1893年に発行されたクラウン銀貨、肖像はビクトリア女王、現在の相場は未使用品クラスで7万円前後
あるいは神聖ローマ帝国時代の、17世紀ドイツで発行された都市景観が描かれたコインをみますと、私たちは当時の大都市の街並みや、そこで暮らす人々の息吹を感じることができます。またスペイン統治下のメキシコで鋳造された18世紀の大型金貨を手にすれば、スペインの当時の強大な国力にふれることができるでしょう。
17世紀の神聖ローマ帝国で作られたコイン、当時の都市景観が描かれたターレルと呼ばれる銀貨、現在は未使用品クラスでも20万円前後で購入できます。
18世紀に造られたスペインの8エスクード大型金貨、現在は極美品クラスでも250万円前後で購入可能。
このようにクラシック・コインは世界的な広がりをもっており、私たち日本人も、収集や投資を通じて世界の文化とつながることができるわけです。
時代的な広がりもコイン投資の魅力です。
例えば下の写真のコインは古代ギリシャのアテネで発行された大型銀貨です。裏面にかわいらしいフクロウの絵が描かれた人気のコインですが、私たち日本人が驚くのはその古さです。鋳造はなんと紀元前450年前後ですから、教科書でおなじみの卑弥呼が生まれる600年以上前のコインということになります。ご参考までにこのコインは状態の良いものでも50万円前後で購入できます。
古代ギリシャのアテネで発行されたテトラドラクマ銀貨、鋳造はBC440年から404年、フクロウは知恵の象徴、かわいらしいデザインで収集家が多い、現在の相場は極美品クラスで50万円前後
言い換えれば50万円のお金を用意すれば、私たちはこの2400年も前に作られた歴史遺産を自分のものにできるわけです。ほかにこれほど手軽にこの時代の遺物を手に入れるのは難しいでしょう、歴史好きの人にとってはこたえられないのではないでしょうか。古代ギリシャまでさかのぼらなくても、コインを通して歴史を実感することはできます。
例えばイギリスのアン女王時代(西暦1702-1714年)に発行されたクラウン銀貨には、VIGOと書かれたコインがあります。これは当時のイギリス海軍が、スペインのビーゴ湾に停泊していたスペイン艦隊を急襲し、強奪した銀で作られた銀貨です。アン女王はスペインとの戦いの勝利を記念し、銀貨にVIGOという他国の地名を刻んだというわけです。以後スペインの力は衰え、代わってイギリスが世界の覇権への道を歩むことになります。その意味でこのコインは、歴史の転換点を象徴する大変重要なコインといってよいでしょうし、もちろん投資としても魅力的です。ちなみにこのVIGOコインが鋳造された当時の造幣局長は、万有引力で有名なアイザック・ニュートンでした。ご参考までにこのコインは極美品クラスでも100万円程度で購入できます。
なおこのVIGOコインには、20枚限定で造られた金貨バージョン(現在の相場は一枚8500万円)もあります。
イギリス、アン女王統治下で作られた5ギニーと呼ばれる大型金貨、肖像の下に“VIGO”と刻印されている希少品。
現在の相場は極美品で1億円近くします。
このようにコインには歴史的な魅力や文化的な魅力もあるのですが、それ以上に資産運用の対象としての魅力もあります。
では資産運用の対象としてクラシック・コインを見た場合、過去どのような成果をあげてきたのでしょうか、次の章では少しこの点についてみておきましょう。
3. 近年上昇するコインの相場
残念ながら世界中のコイン相場を網羅したデータは見当たりませんが、イギリスの大手コイン商のStanley Gibbons社が作成したイギリスのコイン指数はあります。「レアコイン・インデックス」と呼ばれるこの指数は、同社が紀元前から20世紀までにイギリスで発行された主要な希少コイン200銘柄の価格推移を、インデックス化したものです。
Stanley Gibbons Rare Coin Index
Stanley Gibbons社コインインデックス
(スタンレー・ギボンズ社のデータを基に弊社作成、2002年を100として指数化)
ご覧のように、少なくとも2002年から2013年の11年間は一貫して価格が上昇していることがわかります。2008年に起きたリーマン・ショック後に、世界の株価が暴落いたしましたが、その間もイギリスのコイン相場は上昇している様子がよくわかると思います。つまり少なくともイギリスの希少コインに関しては、大きな経済危機の影響を受けなかったといってよいでしょう。この事実は今後私たちが資産運用の戦略を考える場合、重要な意味を持つのではないかと思います。
ではほかの地域や国はどうでしょうか。先ほど申しましたように、イギリス以外でコイン相場を体系的にまとめた資料を見つけることはできないのですが、長年コイン投資を行ってきた私の印象として、特に希少性の高いコインについては、世界的に同様の傾向が出ているように思います。
例えばロシアです。ロシアではちょうど2000年ごろコイン相場の急騰がありました、2000年といえばちょうど原油価格が長期低迷から抜け出し、1バーレル=30ドルを突破し始めたころです。ロシアのコイン相場の上昇があまりに急だったため私は反落を心配したのですが、それは杞憂に終わりました。2000年ごろを起点としたロシアコインの急騰は2005年あたりまで続きましたが、それ以降は高原状態を保ちつつ現在に至っています。数千円から数万円程度の安価なコインは値下がりしましたが、一枚100万円程度以上のレアコインに関しては、今のところ原油相場下落の影響も見られません。つまり安定した投資成績を残してきたといってよいでしょう。
中国でも同様の現象が起きました。同国コインの緩やかな上昇は、すでに1990年代から見られましたが、本当の意味での急騰は2000年代に入ってからです。同国コイン相場の上昇に関する逸話はたくさんありますが、例えば1978年に一枚1万円で購入した湖北省の7銭2分銀貨が、2010年に4500万円の値が付いたという事例や、30年前に450万円で購入した湖南省7銭2分銀貨が、1億5000万円の値を付けた事例もあります。
中国貴州省発行の7銭2分銀貨、自動車の絵が描かれているユニークなデザインで人気があります、現在の購入価格は極美品クラスで100万円前後
中国コインの相場は2010年ごろピークに達し、その後はロシア同様にレアコインが選別される傾向にあります。つまり数万円程度の安価なコインの相場が崩れる一方で、100万円以上のレアコインの相場は投資対象として高原状態を保っているといえるでしょう。2015年夏に起きた「チャイナ・ショック」以降、同国経済の減速懸念が急速に台頭していますが、これはすでに数年前から言い古されてきたことです。コイン相場が2010年ごろにピークを付けたのは、相場がすでに同国の減速を、先行して織り込んだからではないでしょうか。ただし投資対象としての中国コインの強さは、むしろ2010年以降にあるのかもしれません、つまりレアコインに見られる相場の底堅さで、これはロシアやイギリスで見られた現象と共通しています。
このような過去の投資事例から、少なくとも残存枚数の少ない高額なコインに関しては、景気の減速や後退、あるいは経済的なショックに対して、極めて高い抵抗力を持っているといってよいのではないでしょうか。
4. コインはこれからも値上がりするのか?
ではこれからのコイン相場はどうなるのでしょうか。
リーマン・ショック以降、日米欧の中央銀行が市場に供給したマネーの総量はおよそ9兆ドルに達しており、この金額はショック以前の3中銀の保有資産額の約3倍に相当する額です。私は今後も先進国の中央銀行は、大量のマネーを供給せざるをえないと思います。
中央銀行の資産規模の比較
これに対して現物資産の額は急には増えません。市場に供給される紙幣の量が急増する一方、シーソーの反対側にある現物資産は増えないという構図は、今後ますます顕著になるでしょう。このような状況を想定した場合、クラッシック・コインの相場はどう動くのでしょうか。紙幣の量が増える一方で、クラシック・コインを私たちは新たに造ることはできません、この場合コインと紙幣の交換レートは変化せざるを得ないでしょう、つまりコインの相対的な価値の上昇です。
私が投資対象としてコイン相場の上昇を予測するのは、このような貨幣現象的な理由によるものだけではありません。
仮に幸いにも、例えば過去イギリスで起きた産業革命や、アメリカで起きたIT革命のように、まったく新しいテクノロジーが生まれ、それを起点に世界が次の発展段階を迎えたとすればどうでしょうか・・・世界経済は先進国中心に再加速し、それが新興国経済に波及することになるでしょう、成長性の加速とともに金利は上昇し、この場合中央銀行は紙幣の供給政策(QE)から卒業できることになるでしょう、そればかりではなくすでに市場に供給した紙幣を逆に吸収し、その結果マネーの総量は例えばリーマン・ショック以前の水準に戻るかもしれません。これはむしろ世界経済にとって大変喜ばしいことで、世界は健全なマネーと現物のバランスを取り戻すことになるでしょう。
このように世界がより明るい方向に向かって進むという楽観的な見通しに立った場合、一見たとえばコインのような現物資産の相場は下落するように思われるかもしれません。が、お話しはそれほど単純ではありません。
このように健全な形で世界経済が成長いたしますと、やはり人は投資の対象や、場合によっては投機の対象を探すものです。例えば私は先ほど中国コインのお話しのなかで、1978年に1万円で購入したコインが2010年に4500万円の値を付けたというお話をしましたが、この間の中国の経済はどうだったでしょうか。同国は1990年代から2010年にかけ、年率10%以上の高度成長を遂げていたわけです、つまり経済規模の拡大によって、その国のコイン相場もまた急速に上昇するといってよいでしょう。中国に限らず、これは世界で一般的に見られる現象で、一国の経済の成長は、その国のコイン投資に大きな好影響を与えると考えられます。
つまり世界経済が健康体を取り戻しても、あるいは逆に長期停滞期に入り、マネーの供給依存症に陥っても、コイン相場は上昇しやすいのではないか・・私はこのように考えています。