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Looking for valuable coins

日本人がスルーする素晴らしい20円金貨

2019年7月

今回はわが日本の金貨のお話をいたします、日本にも立派な金貨があったことは意外と知られていません、以下は「旧20円金貨」と呼ばれる金貨で、明治3年に発行されました。

(明治3年発行、旧20円金貨)

金の純度は90%、重さは約33.3グラム、直径は約35センチですから、当時の世界基準の堂々とした金貨です。それまでの日本はこんなまん丸いコインを使っておらず、金貨といえば時代劇でよくでてくる小判でした。あれはあれで日本独特の形をしていて趣があるコインなのですが、当時の明治政府は「こんなイビツな形のコインを使っていたら恥ずかしい」と考えたに違いありません、なにしろ当時の日本はまだ開国したてです。江戸幕府が勝手に結んだ不平等条約によって、日本は輸入品の関税も決められませんでしたし、外国人が日本国内で罪を犯しても裁くことすらできませんでした。

「一日も早く欧米にちゃんとした国だと認めてもらい、不平等な条約を改正しなければならない」。おそらく明治新政府はこんな考えもあり、この世界基準の20円金貨を造ったのではないでしょうか。といっても、今まで日本はこんな形をしたコインを造ったことがありません。結局は外国頼みとなり、イギリスから鋳造技師を雇い入れたのです。

たしかにイギリス人の技師は、コインを鋳造する技術は持っていましたが、どんなデザインにすれば日本人になじんでもらえるのか、どんなデザインにすれば新政府の威信をアピールできるのかがわかりません、なにしろ今まで行ったこともない東洋の端っこにある島国ですし、つい最近までちょんまげを結っていた不思議な国のコインです。

彼らは「デザインだけは自分のところで案を出してくれ」とでもいったのでしょう。白羽の矢が立ったのは加納夏雄という彫金技師で、試しに彫らせてみることになったそうです。出来上がった試作品をみて、その出来栄えのすばらしさにイギリス人技師はびっくりし、そのまま採用となりました。なんでも彼らは「こんな素晴らしい彫金技師はイギリスにもいない」と言ったそうです。

確かに上の20円金貨のデザインは素晴らしいですね、左側の面には龍が描かれており、ちょうどコインのど真ん中に龍の顔が来るようにデザインされています。左手はドラゴンボールを鷲掴みです、まったくすごい迫力です。右側の裏面には二流の錦の御旗が描かれており、それぞれ月と太陽が描かれています。

さてこのコイン、その後、数奇な運命が待っています。最初の受難は昭和恐慌のさなかに採られた金の解禁です、この金解禁以降、この明治旧20円を含む貴重な金貨は大量に海外に流出し、鋳つぶされてしまいました。この20円金貨はもともと新政府のフラッグシップ・コインの位置づけでしたから、発行枚数はわずかに46,000枚ほどという少なさでした。それに加え昭和恐慌のどさくさでの流出→溶解です。おそらく大半のコインは海外に流れ溶かされてしまったのではないかと思います。それにしても惜しいことです・・・そのまま生き延びれば800万円ほどの値が付いたはずですが、溶かされてしまえば金の地金に過ぎません。当時溶かして売りさばいた人たちは、まさか80年後に800万円の値が付くとは考えもしなかったでしょう、まあそのあたりがコインの魅力でもありますが・・・。

さてこのコインの受難物語の続きです。

太平洋戦争中、政府が民間から貴金属の供出を強要したのはよく知られていますが、この金貨を含む明治金貨も、その大半は気まじめな所有者から政府の手に渡りました、どの程度の枚数が政府に供出されたかといいますと、その数はすべての銘柄あわせ約33,000枚です。33,000枚のコインは終戦まで使われることなく、その後も大蔵省の金庫に入れっぱなしになります。財政厳しい折、「金目の物は売り飛ばせ」ということになり、2005年から政府はオークションで33,000枚すべてのコインを売りに出しました。落札した平均単価を僕は計算したことがありませんが、仮に1枚当たり30万円だとすれば33,000枚で約100憶円です。政府の予算規模や財政赤字の金額から考える僅かな額ですが、よく考えてみればこの金貨はもともと私たちのお祖父さんやお祖母さんの世代がタンスや金庫にいれて、大事に持っていたものです、それを取り上げて売りさばいてしまうのですから、まったく国の権力というものは怖いです。

さて再び20年金貨のお話です。

当時売りさばかれた33,000枚の中にもこの20円金貨は含まれていました、ただしもともと46,000枚しか造られていませんし、その大半が海外に流出し溶かされてしまったのは、さきほどお話しした通りです。そのようなこともあり20円は33,000枚中、わずか94枚に過ぎません。

94枚といってもそもそも市場に残っている20円がさほどあったわけではなく、需給のバランスは崩れ値下がりがおきました。売りさばき前は未使用状態の個体が600万円ほどで売買されていましたが、売りさばき直後には400万円程度まで値を下げたのです、この辺りは面白い現象だと思います。

時々僕はお客さんから質問を受けることがあります、「田中さん、もしあるコインが大量に発見されて市場に出てくれば、相場は崩れるんじゃないですか?」。まさに財務省の大量売りさばきはこの問いへの答を示唆しているように思います。たしかに上記のように売り出し直後に相場は崩れ、銘柄によっては半値近くまで下げてしまったのですから。

ではその後20円の相場はどう動いたのでしょうか。

市場への影響に配慮して、あるいは大量売却によって安値落札が起きないよう配慮して、一連のオークションは3年間(9回)にわたり行われました。最初の数回は異常な人気を呼び高値落札が連発しましたが、その後市場の関心は薄れてゆきました、オークションも最後のほうになってきますと上記のような安値状態になり、全てのオークションが終わった後もしばらく低迷状態は続きました。ただしその低迷状態は長くは続きませんでした、最後のオークションから3年後、早くも元の値を回復したばかりか、その後も上昇は止まりません、現在は未使用状態のものが800万円ほどで売買されるほどです。

コインは大量に発見されることがあります、古代のコインがツボに入って見つかったり、ロシアのコインが旧家からまとめて出てきたり、上記のように政府の金庫に収蔵されていたものが売りさばかれたり・・・このようにして一気に市場に出てくると、一時的に相場は崩れますが、それも一時のこと、やがて相場は元に戻ります。そればかりか、この20円のようにかえって市場の注目を集め、以前より高値を付ける場合もあるのです。

さて最後になりましたが、この20円金貨の今後の見通しです。

日本の近代コインのなかで、世界に通用する唯一のコインはこの旧20円金貨だと僕は思います。にもかかわらず残念なことに、多くの日本人がこの金貨のすばらしさを知りません。少なくともイギリスの5ポンドや5ギニーと同じほどの情熱をもってこの20円金貨と向き合えば、鋳造時のエピソードの点、その後の物語性、デザイン、残存枚数、どの観点で見てもまさに世界に誇れる逸品であることがわかるはずです。多少ひいき目かもしれませんが、総合力でイギリスのウナ&ライオンに負けているとは思いません、相場も遠からず本来の価値に収れんしてゆくでしょう。

現存数は不明ですが、国内外のオークションへの出現数は、年間せいぜい5枚ほどです。ほかに国内のコインショーでの販売実績など考え合わせますと、残存枚数はせいぜい数百枚ではないかと思います。その点においてもイギリスのウナ&ライオンにひけを取りません。