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From the economic column I wrote in the past

パラジウム相場の上昇から考える

2019年2月

正直申し上げて、パラジウムのここまでの高騰は僕の予想を超えています。以下は直近一年間、および10年間の推移です、上のグラフが1年間、下のグラフが10年間推移です。

(パラジウムスポット価格、過去1年間推移:INO.comサイトより転載)

(パラジウムスポット価格、過去10年間推移:INO.comサイトより転載)

上のグラフをみていると、つくづく「モノの価格に常識は通じないな」などと思ってしまいます。たとえば下の方のグラフをみますと、今から10年前の2009年のパラジウムは1オンス=200ドル以下だったことがわかります、正確に申し上げますと2009年の年初時点で185ドルです。あの時点でいったい誰が10年後の今日の相場を予想したでしょうか・・・
現在の相場は1オンス=1520ドルで、当時の8倍以上です。

今回は大局的な目で、なぜパラジウムは10年で8倍以上になったかについて、少し考えてみたいと思います、きっと今後の相場、もちろんパラジウムだけでなく、あらゆる相場を予想するうえで意味のあることだと思いますので。

一つ目にディーゼルエンジン車の衰退を挙げおきたいと思います、3年ほど前だったでしょうか、ドイツのVWなどが、ディーゼルエンジン車の排気ガスをごまかしていたことがバレました、それまでディーゼルエンジン車は環境にやさしいと言われてきたのですが、それが真っ赤なウソだとわかってしまったのです、それ以降ディーゼルエンジン車に対する見方は一変し、さっぱり売れなくなってしまいました。

代わって見直されたのがガソリン車です。ご存知のようにガソリン車の触媒には、当時まだ安かったパラジウムが主に使われていました。

つまり

  • 触媒としてプラチナが使われるディーゼルエンジン車⇒衰退
  • 触媒としてパラジウムが使われるガソリン車⇒増加

という構図が生まれ、その結果パラジウムの価格が高騰した。

これがパラジウム相場上昇の一つの要因だったことは間違いないでしょう。

でもそれだけではありません、上記は需要という観点から見た分析ですが、供給側からも見ておかなければなりません。

供給側から見た場合、パラジウムは単独の鉱山がなく、その大半がプラチナやニッケルの副産物であるという点は重要です。

これはどういうことかといいますと、パラジウムの需要が増えた場合でも、パラジウムだけ掘るわけにはいかないということです、さらにパラジウムの主産地の一つ、南アフリカの例をあげますと、1トンの鉱石から生成されるプラチナが2~2.5グラムであるのに対し、パラジムは1.5グラムほどしか生成できません、つまり「頑張って掘ってもパラジムはあまり取れず、プラチナのほうがたくさん取れてしまう」ということで、これがパラジム高に拍車をかけているといえるでしょう。

さらに一点付け加えるなら、環境への配慮から電気自動車にシフトする動きは、お金持ちの先進国に限ったものであり、新興諸国では、あいかわらず安いガソリン車が売れているという点です。市場の先を読むことは大切ですが、あまり先走り過ぎてもいけません。

では以上のことから私たちは、どのようなことを学ぶべきなのでしょうか。

一つ目は上記の繰り返しですが、「市場の先を読むことは重要だが、先走り過ぎても儲け損ねる」ということだと思います。いずれ電気自動車が主流になるといっても、航続距離の問題や、バッテリーの寿命・メンテナンス、あるいは生産コストなどの問題があり、そうやすやすと電気自動車へのシフトが起きるわけではありません。たとえ方向性が正しくても、時間軸に対する冷静な分析が重要だということがよくわかります。

二つ目は、たとえば先ほど見たVWの排ガス偽装事件のように、「大きな技術の転機になる出来事に対し敏感であるべき」という点だと思います、そして何が「大きな転機」になって、何が「小さなブーム」で終わるのか・・・この点について日々のニュースのなかで、常に意識しておくということだと思います。ここでいう「日々の」というところは重要で、つかず離れず毎日ウォッチしていなくてはなりません、決して一時的なMyブームで終わってはダメなのです。

三つ目は、先入観をもって相場を見ないということだと思います。10年前にパラジウムの価格が金を逆転する時が来ると、いったい誰が考えたでしょうか、10年後にパラジウムが8.2倍に値上がりするなどと誰が考えたでしょうか。でもこうやって過去を振り返りますと、パラジウムに限らず、驚くほど値を上げた投資対象がたくさんありますし、もちろん逆もあります。すくなくとも先入観をもった時点で、将来の儲けのチャンスを放棄してしまっていることに、私たちは気づかなければなりません。

以上、自戒と備忘を兼ねて・・・