過去に書いた経済コラムよりFrom the economic column I wrote in the past
JSRのことから思うこと
2023年6月30日
JSR(旧日本合成ゴム)はジミな会社ですが、半導体の製造にとって必要不可欠な材料を作っています、以下は半導体製造の際に使われる感光材(「フォトレジスト」)の世界シェアですが、ご覧のようにJSRはトップシェアで28%を占めています。
(日本経済新聞社サイトより転載)
そのJSRを、政府系ファンドの「産業革新投資機構」が100%子会社化するそうです。
買われる側がジミな会社ですし、半導体関連といってもいわば「黒子(くろこ)」の会社です、経済番組や日経など専門紙では大きな扱いを受けていますが、NHKや民放のニュースなどはほとんど無視です、おそらく経済に興味がない一般の人たちにとって、このニュースはさほど関心はなかったはずです。
このように軽い扱いではありますが、この案件はすごく大切なニュースだと僕は思います、ちょっと大げさではありますが、日本が半導体を起点にして世界に存在感を示すきっかけになるのではないでしょうか。
今回はそんな視点で少しお話ししたいと思います。
半導体は戦略物資
世の中に変革をもたらす重要な分野はたくさんあります、身近なところでは電気自動車(EV)やロボット、最近では生成AIやメタバース、ちょっと際どいところでは軍需産業なども、世界が国益をかけて争う重要な産業分野です。
でも半導体は、その中でも別格です。
なぜなら上に挙げた生成AIはもちろんのこと、ロボットやEV、メタバースや兵器など、どれをとっても半導体がその根幹を支えるキーパーツだからです。中国が「半導体強国」を目指すのも、アメリカが中国への技術流出や同国の台湾進攻を阻止するのもこのためです、さらに昨今アメリカやヨーロッパが、半導体産業に巨額の補助金を出すのも同じ理由からです。
世界で最初に半導体を国益の基礎に据えたのは中国でした、2015年時点ですでに中国は、2025年までに半導体自給率を70%に高める目標を立てていますし、実際にその目標に向かって進みつつありました。アメリカは中国の野心にいち早く気づき、中国への半導体技術の移転や高性能半導体の輸出を規制しました、さらに昨年には7兆円の予算を付け、台湾や日本からの工場誘致も行いつつあります。
これに対して日本の対応はいつもながら悠長でした。2021年になってようやく半導体産業への国費投入を決め、翌年、この補助金を活用してTSMCは熊本県への工場誘致とつくば市での研究開発を始めました。もう一つのトピックは「ラピダス」の設立です、ラピダスは政府とソニー、トヨタなどが共同で出資した一種の国策会社で、最先端の半導体の製造を目的に2022年にできた会社です。世界の先端半導体はTSMCがナンバーワン、それにサムスンが続く構図ですが、2027年までにこの一角に入る目論見だそうです。
かつて半導体の国策会社エルピーダで失敗しており、今回のラピダスも少し心配ですが、なにより日本政府が半導体の大切さに気付いた点では一定の評価はできると思います。
そこにもってきてJSRの(実質)買収です。
冒頭のように日本には半導体分野で圧倒的な技術を持つ会社がたくさんあります、前記のフォトレジストで日本は世界の90%近いシェアを持っていますし、韓国の半導体企業への輸出管理で話題になったフッ化水素なども70%ほどのシェアを持っています。
ようやく政府というか経産省も半導体分野の重要性を認識したといってよいでしょう、でもフッ化水素やレジストなどの市場規模は小さく、圧倒的な技術力をもっていても会社の規模はさほど大きくありません、外資系企業がその気にさえなれば会社ごと技術を手に入れることはさほど難しくはないのです、特に中国にこの分野の先端技術を渡してしまうのは極めて危険です。現にJSRの外国人保有割合は50%を超えており、2021年には主要株主であるアメリカの投資ファンド、バリューアクト・キャピタルから社外取締役を受け入れています。おそらく今回このような懸念から、経産省は外資による買収に対して先手を打ったのだと思います。
僕はJSRの案件は、失敗に終わったエルピーダメモリーや、苦戦が予想されているラピダスのケースとは全く性格が異なると思います、エルピーダやラピダスは半導体の最終製品であり、この分野では1980年代の栄光を最後に、日本勢は見るべき成果をあげていません。おそらく巨額の投資と投資分野の選択という大きな決断が求められる「半導体の最終製品分野」に、日本人の国民性は適していないのだと思います。
一方で今回のJSRに代表される半導体の部材や薬品、製造装置、検査装置など、「半導体の黒子分野(くろこぶんや)」はどうでしょう。これらの分野はさして大きな設備が求められるわけではありませんし、日本人が得意とする地道な技術の積み上げと、安定した高い品質が求められる分野です、「半導体の最終製品分野」に比べ、よほど日本人の特性にあっているのだと思います。
そのようなニッチな分野に国(あるいは経産省)主導で注力し、圧倒的な技術力でアメリカや中国に対してプレゼンスを高めるのは、国の産業政策として正しいと思います。
僕は今回のJSRの案件が最後だとは思いません、戦略物資としての半導体の重要性や、日本人の国民性など踏まえると、今後も必然的に同様の国の意思が働くと思います。そしてその結果として、この分野の会社はさらに競争力を高め繁栄するでしょう。
そしてこのことは、私たち株式に投資する側にとって長期投資のヒントになるはずです。
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